泉岳寺出張マッサージのおかげで全身の疲労がとれました

泉岳寺出張マッサージのおかげで全身の疲労がとれました
加齢のせいなのか、最近は8時間しっかり寝ても朝が辛くて常に全身の疲れを感じるようになりました。それで、前々から気になっていた出張マッサージを利用してみることにしたのです。
電話で予約をした時に初めてであることを伝えると最近治療の目的で通院をしているか、持病があるかなどの簡単な問診がありました。そしてその後はどういった症状があってマッサージを希望したのか、出張スタッフの指名や性別の指定はあるかといった聞き取りがあり丁寧な対応をしてくれました。
出張マッサージ当日は時間通りにスタッフが我が家に訪問してくれて、挨拶と自己紹介のあとはすぐに施術の時間になりました。全身の疲れが気になると言っていたため、60分間にわたって頭から足の先までまんべんなくマッサージをしてくれました。60分間道具を使うことはなくずっと手でマッサージをしてもらえるので私としてはありがたい限りですが、施術者は非常に疲れると思います。それで途中で[お疲れになるでしょうから一旦休みを入れましょうか」と言ったところ、「お気遣いありがとうございます」と言いつつも施術を中断することはなく継続してくれました。
おかげで慢性的なだるさがなくなって、気持ちも体もすっきりしました。筋肉の凝りもスッと消え楽になったので、マッサージを受けてよかったです。

赤穂浪士の墓のある泉岳寺

テレビの時代劇で良く扱われるものに「赤穂浪士の討ち入り」があります。その赤穂浪士の墓のあるのが泉岳寺で、東京都港区の高輪にあります。

泉岳寺は総泉寺・青松寺とともに、曹洞宗江戸三ヶ寺の一つで、本尊として釈迦如来を祀られています。江戸時代初期の1612年に門庵宗関が徳川家康の帰依を受けて外桜田の地に創建します。その後火災に遭い、1641年に現在の地に移されます。境内に福島二松城主丹羽家の援助によって泉岳寺学寮が設けられ、多くの曹洞宗学徒の研修の場になっていました。

泉岳寺は播州(兵庫県)赤穂の浅野家の菩提寺になっており、元禄時代の1701年に藩主の浅野長矩が切腹すると、この寺に葬られます。2年後の1703年、主君の仇である吉良上野介を討ち取った大石良雄ら赤穂浪士が切腹すると、同じくこの寺に埋葬されます。寺内の玉垣の中に浅野長矩、同夫人瑤泉院の墓があり、南の丘に四十七士の墓があります。なお、墓は国の史跡に指定されている。

ちなみに、泉岳寺は戦国時代の有名な大名毛利家の菩提寺でもあります。

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